大庭 桂

2018年1月22日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

今、午後一時をまわり、歩栗でも関東でも雪が降り始めております。昨年の師走からたびたび大雪で、大寒を過ぎたばかりの北陸地方では、数十億円の除雪予算をすでに使いきったそうな。降り続く雪を見ている序盤は、ドビュッシーの雪が踊っている、がBGMでもかまわないけれど、降りやまず背丈を超えそうになる積雪になれば、モーツァルトのレクイエム怒りの日の状況下となる予定。
除雪にスコップをふるうBGMは、何にしようかと考えるおばけです。

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2017年12月 3日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば
と学生のころに覚えさせられた歌が、しみじみとその通りに思える師走に入った。山里は紅葉も終わり、枯葉掃除は桜から柿、紅葉、銀杏と終盤に入り冬の花、雪を待つばかり。
原稿も、ようやく終盤の直しにかかるところまでたどりつきつつあるか。というところ。まだ、根本的に手を入れなければなりないところかあるので、もう少しがんばりたい。
と真面目に取り組むおばけのこの2ヶ月。睡眠は最高のリセット。起きたとき、原稿にプラスするもの、多々与えられる。おばけの知らない世界が、睡眠時に展開されているに違いない。
 
おばけ🌱

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2017年10月21日 (土曜日)

おばけつぶやきちょう

めちゃ忙しい夏が過ぎ、そのままの忙しさで九月が終わり、十月に入ると資料読みと原稿書きの日々。十一月もその予定。
原稿を書けるのはオファーがあるからで、目が見えて手が動かせるオバケは、感謝しつつがんばるしかない。今月120枚、来月120枚、無事に書き上げられますように。蚕が桑の葉を食べるように資料を読み、糸を吐くように文を書いているオバケは、寝ても覚めても描く人物のことを考えております。
 
オバケ🌱

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2017年8月31日 (木曜日)

秋はきにけり
木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり 古今和歌集
詠み人はしとみ戸を閉めるおりに月を仰いだのか、はたまた夜、庭に出て仰いだのか。馬上から眺めたのかわからないけれど、秋という季節の月光は、玲瓏ゆえにものを思わせる。
心尽くしのというのは、真心をつくして、という意味ではなくて、心にさまざまなことが去来し思い悩むという意味を含むようである。
物忘れをする里の母に、毎日、和歌を一首送ることにしているので、必然的に私もあれこれ歌集を開いて、今日の歌を物色することになる。
ずっと万葉集を送っていたのだけれど、なにせ恋の歌が多いので、今日は久しぶりに古今和歌集に戻ってみた。古今和歌集はいいなあ、今の季節にぴったり!と木の間よりの歌に飛びついた次第。
母より、歌の意味を教えて!とメールが来たので、木の間より洩れてくる月の光を見ている。ああ、センチメンタルになる秋がきたのだな、という意味!とあやしげな訳を返した。
母は、かつて言っていた。
秋の光は、亡くなった父がすぐそばに居るように感じる、と。
もう、母は、そのように洩らしたことも覚えてはいないかもしれない。
記憶とは何だろうか。
この夏、たいせつなママ友が亡くなった。
以来オバケは、LINEに熱心になった。
亡くなったママ友とも、最期までLINEでつながれた。
オバケは朝の支度ができると、こどもたちも含め7つLINEを送る。
まるで、生きている出席をとるみたいなものだが、既読が表示されると、よっしゃ、今日もがんばろうと、始動する。LINEを送られる人々の迷惑も省みない。
心尽くしの秋だから。
 
オバケ🌱

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2017年8月 9日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

15センチ級のムカデが部屋を這っていることたびたびであったので、即冷凍スプレーを枕元に置いています。今年は蛇さんに会わないわー、とめさまがおっしゃるけれど、今日おばけは、玄関で2メートル級のみいさまにバッタリ。
夜に表でドタバタ音がするので、そっと窓から懐中電灯で照らしてみると、ドタバタの主もこちらをのぞきこんでます。思わず、あなた誰?と言ってしまいましたが、タヌキさんでした。
日本昔話でもなんでもなく、おばけの日常です。
昼間は人がたくさん表を歩いているけれど、人なんてものともせず、虫や鳥たちが鳴いている、賑やかな夏。いえ、もう旧暦七夕ならば秋ですね。
春からいろいろなこと、目まぐるしく、いつの間にか秋になっていました。
一番忙しい日に、来客を出迎えに走り出たら、スマホを落として、カメラで写真が撮れなくなりました。
悲しいおばけです。😢
 
おばけ🌱

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2017年6月 4日 (日曜日)

早、水無月に入ってしまいました。炬燵をやっととりのけたと思いきや、今朝はストーブをたかねばならぬ冷え込み。
花は移ろい、牡丹、芍薬を愛でて、青葉は日々色濃くなり、山のなかは緑に酔うほど。
待ちに待った山椒の実を昨日は収穫して、ちりめん山椒を炊きました。
世界では毎日、どこかしらで、事故やテロで死傷者が出て、テレビをつければ中傷合戦で、気分が悪くなってしまうこの頃。
人はメディアやネットの魔界に警戒と耐性を備え、冷静に自らの霊性と対話しつつ、言葉にするのは難しいけれど、命を太く豊かにして生きることを、心がけねばならないかと思うオバケです。
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2017年4月12日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

早、五月は目前。
雪が溶けて、春のお掃除が終わり、春のお祭り。
桜がほころび、いつしか桜吹雪となっていました。
見渡せば、田んぼの代掻きが終わり、水張田に若葉萌える山々が映る、オバケの大好きな風景が広がっております。
春の嵐と言うけれど、親の病に心凍る春の訪れでした。子供というものは、甘えるばかりで、親が病を得ても、役に立たないものだと痛感。反省の日々です。
毎晩、離れている親にお詫びしつつ眠るオバケです
 
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2017年2月12日 (日曜日)

おばけは冬眠から覚めました

長い雪に埋もれた冬がようやく終わろうとしています。摂氏零度のなかでは、おばけは頭も身体も動かなくなることを、この冬痛感しました。
いわばしる垂水の水のさわらびの萌えいずる春になりにけるかも
山里はこの万葉歌の通りに春になります。
冬中凍っていた頭と心身がようやく動けるようになったおばけを多くの外仕事が待っています。大きな杉が何本も倒れているのが、雪解けとともに明らかに‼
花がほころびる前に、なんとかお掃除したいものです。美しい若葉の季節を迎えられますように。
 
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おばけつぶやき帳

おばけつぶやき帳をおばかつぶやき帳と書きかけて、一人笑いしているおばけです。一メートルを越える雪に埋もれて、外気と数度しか違わない室内に居ると、頭も身体もフリーズして動きませんし、働けません。立春をようやく過ぎて、二月も半ば。春よ春よとよびかける元気は氷雪の壁の中にいると無くなります。
この頃思うことは、人の評価、いわゆる品定めとか査定を心の内でひそかにするとき、自分の中に二つの視点があることを感じます。
人というものは、与えられた環境がそれぞれ違い、感じる苦労や喜びも各々必ず違います。それぞれの個人の気分や体調にも、いいときもあれば悪いときもあり、それにともなって心も移ろいます。
一人の人の内には、このように移ろう生き様と、移ろいようのない霊性の二つが見えるような気がします。
生きざまがぐだぐたでもそれを傍観している霊性がいて、めいっぱい努力している生き様にも、それを静かに見つめる霊性を感じます。どんな生き様であっても、その傍らに居る霊性を感じて、頭を下げたくなったりするおばけであります。
 
おばけ🌱

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2017年1月23日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

世界中がトランプさんの御機嫌を注視し、そのつぶやきに振り回されている。
権力を握る者が、歴史の新旧を問わず世の人を振り回すことは常かもしれない。しかし、そうでない為政者、或いは王や女王も存在する。優れた王は、民にその存在すら忘れさせる、と言ったのは老子であったろうか。「私を見て」「これが俺のやり方だ」「俺が、俺が」という輩は幼稚の域を出ることはない。
世の常で、他を批判することほどたやすいことはない。これもまた、幼稚と言えるだろう。
トランプには王や女王もいるが、ジョーカーもいる。
おばけは、一国を率いるものが、一人の未熟な人間の揺れる刹那の感情をツイートつぶやくことを、現代人のネット魔海に猛毒を躊躇なく注ぐように思えてならない。甘言でも辛言でも、人の心に闇を拡大するだけ
おばけ🌱

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