大庭 桂

2018年5月31日 (木曜日)

おばけは恵那市岩村が舞台とされる 「半分、青い 」を
どうなるのかドキドキしながら毎朝BSで見ています。
そして、あまりドキドキしないですむように、先の方までのあらすじを読んでおくことにしました。
今日は最終までのあらすじを読めて、ほっとしています。これで、毎朝少し落ち着いて、見ることができます。いい作品は、何度見てもいいです。むしろ何度も見たくなります。
すずめちゃんに、どうしてこんなセリフを言わせるか。シーンによっては心憎い演出で、何度も見ても感心するところもあり。一人一人のキャラの立たせ方のうまさは、セリフにもあるし、役者の力量もあるし、演出にもあります。
おばけつぶやき帳の管理人氏が、何年も前から音斎人を開いておられる岩村が舞台と知った時、おばけはひっくり返るほどうれしく、それからより熱心に朝ドラウォッチャーになっております。
おばけ🌿

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2018年4月29日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

おばけつぶやき帳
4月の始まりは、少し先輩との永訣の別れから始まりました。
その後また雪も降ったし、今年の大雪はなかなか消えない、との予想を裏切りまわりの雪はどんどん消えて、いつもよりあわててしょうじょうばかまやカタクリが花を見せ、サクラもさいて、4月は瞬く間に過ぎさっていました。明日は三十日。
ああ、そういえば新刊も出たのでした。こんなありがたいことはありません。
日本の偉大な建造物についての本だけれど、関東のものも中部地方のものも、見たことも聞いたこともない建造物があり、とても勉強になりました。
こどもたちが図書館で借りれば、おもしろくてためになる…と信じたいおばけです。

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2018年3月29日 (木曜日)

おばけつぶやき帳

先日お目にかかってお話した方が、急にお倒れになり今、病院の見守りのもとにおられる。
人が生き物である以上、命の尽きる時が来るのは周知のことながら、身近に起こるとあわてふためくこと。
如何にふだん怠惰にいいかげんに生きているかが知れようというもの。
この頃わかったこと。
1日なんとなく、だらだらと過ぎる日を重ねると、心がすさむ。またやってしまった、という後悔とあきらめと、情けなさのミックスの心は、灰色。
誰かのために何かのために命の時間を費やした、という日には満足感に満ちて眠れる。心の色はsunny。
いつ命の終わりを迎えるのかわからないのだから、毎日、心はsunnyで生きていきたい、とオバケは思う。

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2018年1月22日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

今、午後一時をまわり、歩栗でも関東でも雪が降り始めております。昨年の師走からたびたび大雪で、大寒を過ぎたばかりの北陸地方では、数十億円の除雪予算をすでに使いきったそうな。降り続く雪を見ている序盤は、ドビュッシーの雪が踊っている、がBGMでもかまわないけれど、降りやまず背丈を超えそうになる積雪になれば、モーツァルトのレクイエム怒りの日の状況下となる予定。
除雪にスコップをふるうBGMは、何にしようかと考えるおばけです。

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2017年12月 3日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば
と学生のころに覚えさせられた歌が、しみじみとその通りに思える師走に入った。山里は紅葉も終わり、枯葉掃除は桜から柿、紅葉、銀杏と終盤に入り冬の花、雪を待つばかり。
原稿も、ようやく終盤の直しにかかるところまでたどりつきつつあるか。というところ。まだ、根本的に手を入れなければなりないところかあるので、もう少しがんばりたい。
と真面目に取り組むおばけのこの2ヶ月。睡眠は最高のリセット。起きたとき、原稿にプラスするもの、多々与えられる。おばけの知らない世界が、睡眠時に展開されているに違いない。
 
おばけ🌱

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2017年10月21日 (土曜日)

おばけつぶやきちょう

めちゃ忙しい夏が過ぎ、そのままの忙しさで九月が終わり、十月に入ると資料読みと原稿書きの日々。十一月もその予定。
原稿を書けるのはオファーがあるからで、目が見えて手が動かせるオバケは、感謝しつつがんばるしかない。今月120枚、来月120枚、無事に書き上げられますように。蚕が桑の葉を食べるように資料を読み、糸を吐くように文を書いているオバケは、寝ても覚めても描く人物のことを考えております。
 
オバケ🌱

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2017年8月31日 (木曜日)

秋はきにけり
木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり 古今和歌集
詠み人はしとみ戸を閉めるおりに月を仰いだのか、はたまた夜、庭に出て仰いだのか。馬上から眺めたのかわからないけれど、秋という季節の月光は、玲瓏ゆえにものを思わせる。
心尽くしのというのは、真心をつくして、という意味ではなくて、心にさまざまなことが去来し思い悩むという意味を含むようである。
物忘れをする里の母に、毎日、和歌を一首送ることにしているので、必然的に私もあれこれ歌集を開いて、今日の歌を物色することになる。
ずっと万葉集を送っていたのだけれど、なにせ恋の歌が多いので、今日は久しぶりに古今和歌集に戻ってみた。古今和歌集はいいなあ、今の季節にぴったり!と木の間よりの歌に飛びついた次第。
母より、歌の意味を教えて!とメールが来たので、木の間より洩れてくる月の光を見ている。ああ、センチメンタルになる秋がきたのだな、という意味!とあやしげな訳を返した。
母は、かつて言っていた。
秋の光は、亡くなった父がすぐそばに居るように感じる、と。
もう、母は、そのように洩らしたことも覚えてはいないかもしれない。
記憶とは何だろうか。
この夏、たいせつなママ友が亡くなった。
以来オバケは、LINEに熱心になった。
亡くなったママ友とも、最期までLINEでつながれた。
オバケは朝の支度ができると、こどもたちも含め7つLINEを送る。
まるで、生きている出席をとるみたいなものだが、既読が表示されると、よっしゃ、今日もがんばろうと、始動する。LINEを送られる人々の迷惑も省みない。
心尽くしの秋だから。
 
オバケ🌱

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2017年8月 9日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

15センチ級のムカデが部屋を這っていることたびたびであったので、即冷凍スプレーを枕元に置いています。今年は蛇さんに会わないわー、とめさまがおっしゃるけれど、今日おばけは、玄関で2メートル級のみいさまにバッタリ。
夜に表でドタバタ音がするので、そっと窓から懐中電灯で照らしてみると、ドタバタの主もこちらをのぞきこんでます。思わず、あなた誰?と言ってしまいましたが、タヌキさんでした。
日本昔話でもなんでもなく、おばけの日常です。
昼間は人がたくさん表を歩いているけれど、人なんてものともせず、虫や鳥たちが鳴いている、賑やかな夏。いえ、もう旧暦七夕ならば秋ですね。
春からいろいろなこと、目まぐるしく、いつの間にか秋になっていました。
一番忙しい日に、来客を出迎えに走り出たら、スマホを落として、カメラで写真が撮れなくなりました。
悲しいおばけです。😢
 
おばけ🌱

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2017年6月 4日 (日曜日)

早、水無月に入ってしまいました。炬燵をやっととりのけたと思いきや、今朝はストーブをたかねばならぬ冷え込み。
花は移ろい、牡丹、芍薬を愛でて、青葉は日々色濃くなり、山のなかは緑に酔うほど。
待ちに待った山椒の実を昨日は収穫して、ちりめん山椒を炊きました。
世界では毎日、どこかしらで、事故やテロで死傷者が出て、テレビをつければ中傷合戦で、気分が悪くなってしまうこの頃。
人はメディアやネットの魔界に警戒と耐性を備え、冷静に自らの霊性と対話しつつ、言葉にするのは難しいけれど、命を太く豊かにして生きることを、心がけねばならないかと思うオバケです。
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2017年4月12日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

早、五月は目前。
雪が溶けて、春のお掃除が終わり、春のお祭り。
桜がほころび、いつしか桜吹雪となっていました。
見渡せば、田んぼの代掻きが終わり、水張田に若葉萌える山々が映る、オバケの大好きな風景が広がっております。
春の嵐と言うけれど、親の病に心凍る春の訪れでした。子供というものは、甘えるばかりで、親が病を得ても、役に立たないものだと痛感。反省の日々です。
毎晩、離れている親にお詫びしつつ眠るオバケです
 
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