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2014年6月23日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

日常にこれと言った目標が見出だせない…身近な友人がメールしてきました。右に同じと返信したオバケ。
こう書くと、「もしもしオバケはん、何寝ぼけたこと言うてはりまんねん。しっかりしてもらわな。あんたはんには、ぎょうさん面倒見なあかん高齢者や病人や子供らや赤子がいてはりますやないか…」とお叱りをうけそうなことは、重々承知なれど…。
目標を見出だせない…の次に複数の人がメールしてくるのは、「早く死にたい」というフレーズ。もちろんオバケとしては、その言葉に右に同じとは返信は書けません。それでも「そうだよねー」と書かざるを得ないのです。それと言うのも、メールの主たちが、どれほどの苦労と苦痛を余儀なくされ、悲しみを乗り越え、かつ今、心身にむち打ちながら今日という日を生きているのかを、つぶさに知っているからです。
人はあの世に行けば、肉体や心の苦痛から解放され、幸せになれると何を根拠に信じているのでしょう。
キリストは神の国、パラダイスを教え、仏教では阿弥陀如来の救済や極楽浄土を教え、イスラム教では自爆テロで殉教すれば、あの世で何十人もの美女に囲まれて安楽に暮らせると説いたりしております。
「ほんまでっか!?」と言いたくなるオバケですが、この世で、あえぎあえぎやっと生きている人々に、冥福をとくとくと説ける経験もありません。けれども、どんな過酷なる運命も甘受し、感謝できるようになった時に、人の心に平安が訪れることは確信しています。
「神は死んだ」と述べたニーチェは他力を一旦否定しておいて、その後に自分の運命を克服した者は超人になる…と記しています。
要は、自分の人生をつまらないから辞めたい、という人は、永遠に死なずに生きねばならない、魂の進化を放棄しようとしている、とも言えます。
オバケにご縁のある方々は、死にたいと言いながらも、今日もご飯を食べ、薬を飲み、生きています。その方々から日々励まされオバケも生きておりまする。

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