2012年5月14日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

寒暖のはげしさに、田植えも遅れています。畑に植えたキュウリや茄子な苗が無事に育つかはらはらの日々。テレビでは太陽黒点減少で地球に氷河期到来し、北半球の生態系に危機が訪れそうなことを報ずる番組があったりします。生物は生まれた時から、やがて死ぬのは自然なことですし、環境が生存を許さないものになれば絶滅し、環境に順応したものが生まれるのは歴史に学べば明らかです。ここで霊長類がじたばたしても、どうにもなりません。赤信号みんなで渡ればこわくない!!という言葉がありますが、命の時間が短くてもやるだけやった!という心持ちがあれば、悔いはありません。朝には夕べがあると思い、夕べには明日があると思うは小人…と兼好法師に教わったような…要は明日はないものとして、今日を全力投球で生きれば悔いは無かろうという、人生の極意伝授の言葉であったとあらためて思い知りますオバケです。

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2012年4月23日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

先日の爆弾低気圧といい、昨日の暴風雨といい、強風で山々がうなり声をあげると、おびえて日を過ごさねばなりません。木立を薙ぐ風が、放射能の除染をしてくれる…とイメージすると、必然的嵐と思えてもきます。けれど、やっと開いた桜花が吹雪となりました。温室では、稲の苗が大事に育てられています。例年通り、雪のとけた畑に鍬を入れ、ジャガイモな植え付けをしました、というお便りをいただくと、福島県の原発近くに住む方々のご苦労と無念を思わずにいられません。想定外の津波、想定外の嵐、想定外の何かは、大気圏や地球内部からばかりでなく、大気圏外の宇宙からやってくるかもしれません。地球に生まれたなん百万の生物が、いくたびも淘汰されてきたように、霊長類もまた、そうあるのでしょうか。

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2012年4月 4日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

私のお話に挿し絵を描いてくださっている、くすはら順子さんが、八日まで、東京銀座のギャラリー近江でjunkus showという個展開催中です。絵画ではなく初めての陶芸展ということで、立体造形を得意とする彼女ならではの、フアンタジックな世界を味わえるはず。展示されている彼女の子どもたちのひとりは、我が家へおこしいれが決まっていますが、いまだに引く手あまたでくやしがる方々がおられるとか。名前は菊姫ちゃんです。大変な美人!?作者いわく、丁寧に創った初期の子どもだそうな。

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2012年3月15日 (木曜日)

おばけつぶやき帳

昨夜も雪がふりました。昨夜は千葉沖震源の震度五強の地震があり、臨時ニュースになりました。その二時間前には、東北や北海道に津波警報が出されたり、慌ただしい心配な日でした。毎日、地震に備える番組があったりするせいか、昨日の朝は地震に遇った夢を見たこともあり、夢告だったのかと昨夜は思ったりしました。いずれにしても、東京直下型地震のおそれありとびくびくしています昨今、大震災から一年たってなお、世の中の不安は増大している気がします。なにゆえ地震をおそれたり、放射能におびえたりするのでしょう。自己保存本能と共に子孫の障りを心配するからでしょうね。自分ひとりならば、いつ天変地異で落命してもいい気がするのですが、生き残って苦しむのは避けたいからかもしれません。つらい思いをしている誰かに、一生よりそう覚悟もない自分を知るからかもしれません。

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2012年2月26日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

小雪の舞うなかを、一両のローカル電車は、ひた走る。運転席の窓めがけて前方から刺さるように当たる雪のつぶは、暖房された車内のぬくもりをはらんだ窓で、あえなく水滴に変じに振り払われてしまう。閏年の2月は終わろうとしている。冬将軍と白魔の世界はゆるぎつつある。3月の扉が開かれれば、まちがいなく太陽の光線に力が加わり、厚く大地を覆う氷雪を彼方の海へと追いやるだろう。ひたすらじっと、それを待つ。フリーズオバケ

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2012年2月11日 (土曜日)

おばけつぶやき帳

おばけつぶやき帳
今日は雪がやみました。越冬中は、頭もフリーズしていて、単純作業も滞りがち。昨日は東日本大震災の被災学校に、著作物の本を作者から贈るプロジェクトを児童文学者協会が企画し、贈呈学校の住所が届いたので荷造りし発送しました。ヤマトのメール便が一番安いけれど、雪が止まないので結局近くの郵便局から、郵メールにしました。児童文学者協会が作成してくれた「本はいつでも君たちの味方です」というシールを表側に貼りました。本はいつでも私の味方だったかしらと、少し考えましたが…。確かに何かしら勇気や元気、楽しさが欲しい時に開く本や漫画はいくつかありました。私の本が、どこかの誰かの、そんな一冊になってくれるかもしれないし、そうでないかもしれません。でも、いつも味方になるなんてことはなさそうです。フリーズ頭は切に解凍の春を待っているつもりですが、真実解凍に必用なのは勉強なのであります。

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2012年1月15日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

心静かに暮らしたい、と願う一方で人は孤独をおそれるものではないでしょうか。朝から晩まで自分の内で心にあるのは自分のこと。自分の意にそう展開の間は平静でも、意にはずれた途端に、心が波立って、最悪、心の海の底が抜けてしまうこともあります。心を波立たせるのは、たいてい周りに居る人。対人関係が苦手、とか人とコミュニケーションする能力に欠けるとかいう言葉がよく話題になりますが、社会は人の海。その中でいきていく、何よりも成長していくことを目的として生まれてきた命は、どのように処していけばいいのでしょう。命のあること自体がすでに孤独を生きる前提にしていないから、人は孤独をおそれるとは言えないでしょうか。私の関心は、いかにして波立たぬ心を保つかにあります。座禅をして得られる境地でしょうか?日々の生活に追われる身には、なかなか難しいこと。自分の心が波立ちそうになると、明鏡止水という言葉を思い浮かべます。鏡のような心になりたい!常にそれを保ちたい。オバケがそうこいねがうは、それが自分の心を守る最大の防御である気がするからです。

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2011年12月14日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

おばけつぶやき帳
誰のために愛するか…という本がありました。近頃考えるのはたいせつな人々との別れの時の真実です。私たちの日常は生老病死をたどりつつ、恋愛や仕事、日々の人間関係に様々に悩んだり、心配したり、まさに悲喜こもごもを繰り返す心に翻弄されています。その中でも自分の愛した人々との別れはつらい、悲しいものです。どうして、別れや人の死ぬことがこんなにつらいのか、とオバケはつらつら考えます。つらい、悲しい、どうして生きていけばいいの?こんな気持ちになるのは、よほど愛していたからなのね。愛するって残酷ね。いえいえそうではありません。たいせつな誰かが死ぬことをつらいと感じる前に、おばけは冷徹な眼で心を見つめます。つらいとか寂しいとか、困る途方にくれる、どうやって生きていくの…と並べるごたくの主語はすべて、私…ではありませんか?私にとって不都合だから、悲しいだのつらいだの言うのは自己愛の範囲かもしれません。誰のために愛するか…というのもつまるところ自己愛があるのかも…と思いつつ、愛の真実を見極めるのは難しいと思
うオバケです。

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2011年11月25日 (金曜日)

おばけつぶやき帳

GNPは国民総生産量、GHPは国民総幸福量。先頃来日された若きブータン国王夫妻は、GHPの高さで世界に知られています。決して贅沢でない国民が、自らを幸福と言い切れる日常はどのようなものか、誰しも気になるところでしょう。
多分、ブータンの人々は欲望が少なく、感謝に満ちた暮らしが日常化しておられるのだと思います。自分の内に神竜が存在することを生まれた時から信じることのできる信仰心がベースにあります。
信仰と宗教がどれほど人のあり方を左右するのか、ブータン国王夫妻の合掌するお姿に、あらためて考えさせられるものがありました。
が、世界の歴史に見る十字軍やイスラムの流血の繰り返し、またわが国のオウム教団のテロを考える時、宗教は魔教となることもあります。げにも難しきこと…と悩むおばけであります。

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2011年11月12日 (土曜日)

おばけつぶやき帳

ずっと家に籠もっていると、緊張することがあまりないせいか、些細なことがストレスになる気がします。普段、義母と二人で暮らしていると、ちょっと近所の郵便局へ出かけると言い出すことさえ勇気がいります。どこかへ気晴らしに出かけるなんて、めっそうもない。
歯医者などは余計行きづらいです。痛くならないうちに行くといいよ、と教えてくれる人がいても、外出ストレスで出られません。大穴の空いた奥歯は壁のみになり数年。その壁が崩壊し、喉に次いで顎下のリンパ節が痛み出したので風邪薬を飲む毎日でした。その痛みがもしや歯根が化膿したのではと思い至り、ついに歯医者へ行くことになりました。歯医者さんに抜くしかないと言われ、痛み止めをいただきました。話にならない歯無しの話。お笑い下さいませ。もとよりオバケには歯などありませぬ。

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2011年10月23日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

桜の葉が散り始めました。落ち葉掃除の秋到来。今年の北陸の秋は、栗も柿も実りよく、熊や動物たちも大満足のようです。稲や蕎麦の植えられた畑の周りには獣除けの電気柵が設けられ、収穫まで電気が流れていて、たまに散歩の犬が柵に触れると、ギャンと悲鳴をあげて飛び上がっていましたから、猪や熊も手が出せなかったようです。太陽光が6月から強かったのが豊作をもたらしたかもしれません。太陽の活動が活発なのは太陽黒点の数で知ることができますが、3月11日の震災前に、太陽黒点が百を超えた日が5日続いたそうです。めったにないことでした。ところが最近10日は太陽黒点百超えっぱなし。百どころか二百に近い数になったりしていますから、地震に注意しなければと警戒しています。体の具合や心臓のつらさを訴える人も多いようです。憎むべきにも思える黒点がなくなり、太陽が活動を停滞させると地球は氷河期になってしまいます。どちらにしても、地球の人類を含む万物の生死は太陽のご機嫌次第ということになります。人類の太陽信仰人口を、改めて調べて
みたくなります。日本?!は天照大神が君臨していますから、太陽信仰の国と言えますが、国民の何パーセントがそれを知っているか、自覚しているかはまた、別なこと。せめて、お日さま今日もありがとう!という意識が持てたら、と思うおばけでありました。

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2011年9月15日 (木曜日)

おばけつぶやき帳

奥州平泉の最近のパンフレットの表紙には大輪の蓮。大震災の年に十年取り組んできたユネスコの世界遺産登録の成就となりました。二万の御霊、今なをふるさとに帰れぬ人々、肉親や財産を奪われ、生きていくすべも希望もなくし、呆然としたままの方々がおられます。世界遺産に登録された平泉は、生けるもの死せるものすべての御霊安らぐ浄土をと、平安時代に藤原氏が築いた町。
9月25日、大震災からの復興祈念と世界遺産登録を記念して福興祭が行われます。姫神による公演が行われ、浄土悠遠の曲のあと、不肖おばけの作詞させて頂いた、平泉讃歌が平泉の400人を超える子どもたちの大合唱で披露されます。その瞬間を共有した子どもたちが、力強く未来への歩みを踏み出されることを切に願い、おばけは、はるかにその公演の成功を祈るばかりです。

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2011年8月22日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

灼熱の暑さの後、お盆以来梅雨のような前線の停滞が続いています。お盆前、伊勢に行きました。子どもの下宿の掃除、約一年四カ月ぶりです。伊勢の内宮のそば゛にあるアパートは築30年以上のプレハブで、夏暑く冬寒く、五十鈴川に近いので高湿。雨露しのげ外敵から身を守れればよい、という条件は満たしています。一人では掃除も難航しそうでしたので、神戸の娘も呼びました。娘は芦屋から近鉄に乗り、兄の下宿に到着し、用意したスパゲティサラダの昼食を済ますなり、流しを磨き始めました。私は溢れる洗濯物との戦い開始。かんかん照りの〓に助けられ、掃除と洗濯が一段落したところで、赤福本店の橋を渡り、長蛇の列に並んで、ひとつ500円の赤福氷をいただきました。夏休みの最中なので、覚悟はしていましたが、人であふれかえるおかげ横丁でありました。夕方、恩師や知人宅に顔出しし、船江にあるみたすの湯で、ハードな1日を締めくくり、下宿に帰り就寝。翌日第2ラウンドの片付け、カーペットや本棚のクリーニングに午前中を費やし、友人宅で昼食。内宮参拝しましたが、人ごみに加え、ご遷宮の建築のため、重機の騒音かまびすしく、いいお参りできませんでした。夕方、恩師と宮川上流の膳という河原にあるウナギやさんで、美味しいウナギをいただきました。
伊勢三日目。子どもの仕事が終わり、子どもたちと共に次第帰郷の予定。網戸の補修をし、食べ物の始末。今朝は娘と、伊勢道路をひとっ走りして伊雑宮へ参拝。ひと時、暖かな天照大神のふところに抱かれて、やっと安心。伊勢参りを成就した気分。
お昼はまたまた、恩師と五十鈴川のほとりのとうふやへ。なんと、繁盛しているお店の大半が赤福の濱田さんの経営。このとうふやもしかり。不況も震災も別世界の出来事のような、伊勢おはらい町の賑わいに、当惑しながら家路につきました。お盆の帰省ラッシュ始まっていましたが、新名神はさほどでもなく、つつがなく帰着。家族揃ってお盆となりました。

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2011年7月26日 (火曜日)

おばけつぶやき帳

会うは別れのはじめとて…という言葉は言い古されたものでありながら、常に、生きている人、ひとりひとりにとって切実な問題です。ことに家族、夫婦や親子、恋人との別れは一時的であろうと住む世界があの世になろうと、平安な平常心では居られなくなります。そばに居られなくなる。姿が見えない。声が聴けない。メールに返事がない…寂しさと悲しさと不安。それを、如何に受け入れ納得するかを心の整理というのでしょうか。悲しい時にはなみだを流し泣き叫ぶ。誰かに打ち明ける。お経を唱えたり、写したりする。如何にして心に希望や喜びを感じる気持ちを呼び戻せるようにするか。愛別離苦から解き放たれた安心の境涯は、人間の希求するところでしょう。
この頃、自分の心を見つめていて、自分が悲しいという気持ちには、自分がよりどころとしていりものを失うことへの恐れ、すなわち自己愛が含まれているのではないか、と思い至り、考え中のおばけです。1日で散る沙羅双樹の花の色は…白です。

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2011年6月27日 (月曜日)

石川啄木

石川啄木
JotNot.
http://itunes.apple.com/us/app/jotnot-scanner/id307868751?mt=8で作成

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2011年6月26日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

奥州平泉が、悲願であった世界遺産登録がついにユネスコの会議で決定された。奇しくも昨夜、岩手に住み、平泉の観光大使でもある、姫神の星さんから、エクスパックが届いた。ユネスコの会議と同時進行で生まれた、平泉の為の曲。タイトルは平泉讃歌。去年の秋から平泉の浄土信仰の平和思想を世界に発信する、子どもから大人まで歌える歌を…という声が地元で上がり、姫神さんに依頼された。その姫神さんから歌詞を依頼され、昨年から取り組んでいた。子どもたちが歌える平易なものにと改作を重ね、大震災の前日、姫神の星さんから電話があり、四節作ろうと決まった。そして3月11日…。奇跡的に平泉の文化遺産はなんとか無事。それでも作曲家は創作どころでなく、作詞担当のおばけは、言葉を無くした。
5月にリリースされる姫神の新しいアルバムを星さんが送って来られ、そのCDを聴きながら、一気に書いた詩が、ユネスコの会議が始まる頃、固まり、これまた数日で一気に星さんが作曲された。
平泉讃歌
生まれたのは清らかな 衣川のほとり 時を越え 千年の伽藍 今に伝える ああ 歴史ゆたかに花開く 平泉
祈るのは安らかな 浄土への想い 人の世の 平安を願い 鐘なりわたる ああ 祈りの起こす風が吹く 平泉
訪れて出会うのは 如来の浄土 ふりそそぐ光のことほぎ 心に満ちて ああ 出会う喜び胸に湧く 平泉

守り来た 千年の祈りはここに 世界中 この世の浄土へ 願いをこめて ああ 平和をうたう鐘がなる 平泉

つたない歌詞に、世界遺産に登録決定された奥州平泉が、東北の人々おひとりおひとりの心に平安な浄土を取り戻す希望と祈りのシンボルとなりますように…おばけの祈りをこめました。

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2011年6月20日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

余震は止みそうもなく、むしろ大きな地震がまた起こると覚悟しながら、1日1日を過ごしています。福島原発の日報はなかなか深刻で、避難を余儀なくされた方々の暮らしの目処はたたないまま。放射能汚染水を浄化する装置は五時間でダウン。福島原発という戦場で、闘う方々のご苦労は察するにあまりあります。日本で初めての原子炉に火が灯るというニュースを聞いたのは、子どものころでした。石油資源のない日本で、いつの間にか増えた原発は、送電力の三分の一を占めていました。このような原子力の水力、火力とのバランスをベストミックスと呼びます。という電力会社の得意げな説明を受けたものです。また、ガイアシンフォニーに出演された英国の物理学者ラブロック博士は、ガイアの為に原発推進を表明しておられました。
天体の中の生物としての地球の意志は、福島をその意思表示と見るならば、どうやら原発はキライ!のようです。世の中のエライ人たちが、この地球の意志を読み取る感性があればいいけれど…。汚染水除去装置には「みずは」という名前がつけられたと新聞で見ました。みずはとは、日本の神道における水の神、ミズハノメノミコトという女神さまです。このような事態のこのような機械にお名前を使われ、女神様はおなげきではないか、と思うおばけです。

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2011年5月30日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

5月の台風が日本列島にこれでもかと雨を降らせています。この調子で台風が日本に何度もやって来るとしたら、作物に影響が出てくるでしょう。東日本大震災の地震、津波、原発事故による放射能の処理や復興計画、補償問題と日々問題や不安膨れ上がっている日々に、平年とは異なる異常気象が予感される不穏な年が半分過ぎました。半年をくくりお祓いしても、これからどうなるのかは、誰にもわかりません。人は生まれたからには死へ向かって命ある時間を消費していくもの。死ぬのは今日明日かもしれません。先を思い煩わず、今日の今、この瞬間に後悔のないベストを尽くして生きるしかないのだと、毎朝思いながら起き朝の支度にかかります。望むことはただ一つ。死ぬ時に「いい人生でした。ありがとう」と言えるように過ごしていきたいのです。

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2011年5月22日 (日曜日)

棚卸作業の見える化

タダツカ・棚卸

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2011年5月19日 (木曜日)

風に中、鴬の声

「IMG_1702.MP4」をダウンロード

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岩村散策

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ギターの練習

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岩村茶寮

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おばけつぶやき帳

みちのく在住で活動する音楽家「姫神」の星さんから、速達が続けて届きました。星さんとは東日本大震災の前日、電話でお仕事の話をし、その後、星さんは上京されて仕事、大地震となりました。ようやく東北に帰られたあとは、各地の支援に駆け回り、その後各地での演奏会、今月リリースされる新譜などすべて義援金にと活動されています。そんな状況下、全国のプラネタリウムで上演されるスターリーテールズのサントラ版もリリースされ、東京でのサイン会が終了されたばかり。速達で届けて下さったのは、もちろんリリースほやほやのスターリーテールズと姫神ゴールデンベストアルバムでした。ご丁寧に親書も添えられていました。星さんは、震災後「音楽は無力です」ともらされていましたが、音楽をもって、震災後苦しむ方々への果敢な取り組みに立ち上がられました。彼の送ってくれた音楽を聴いて、私も、震災後すっかり気力なくしていた自分の内にエモーショナルな変化が湧き上がってきました。オリガさんが歌う新曲、またゴールデンベストの中の赤道伝説、未来の瞳、などの姫神の曲は東北生まれの姫神の東北の空と大地から生まれた力強いサウンドがあふれているからだと思います。私は姫神の星さんのサウンドに自分の内の魂のメルトダウンしていた心棒を再生していただいたのだと思います。ですから、私は星さんに申し上げます。「音楽は無力じゃない」

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2011年5月12日 (木曜日)

おばけつぶやき帳

私のお気に入りの歌に「うたよみはへたこそよけれあめつちのうごきだしてはたまるものかは」というのがあります。江戸時代に庶民が楽しんだ狂歌と呼ばれるジャンルの歌だと思います。この歌は上代文学の教養のもとに詠まれています。まずこの歌の意味をざっくり申せば、「歌詠みは下手な方がいいんだぜ。なんてったって天地が動いたりしちゃたまんねぇだろ」といったところ。この歌の意味は、古今集の紀貫之(きのつらゆき)による序文を踏まえていて、それを知っていると痛快に笑えます。紀貫之は古今集の序で「素晴らしい歌は天地をも動かす」といったことを記しておいでです。だから江戸時代の人は、天地が動くなんておっそろしいことになるよりは、下手な歌詠みがいいんだぜ!とくるわけです。そう言われると、うんうん、地震とかで山が動くのはゆゆしきことだから、歌詠みは下手が良いのね、となんだか安心してしまい、怠ける口実にしているおばけです。
けれど恐るべきは江戸の方々。かなり古い時代の歌集や物語を読み尽くし、そらんじていた上での狂歌とくれば、現代人の教養の薄っぺらさから生まれるものの将来が危ぶまれます。将来はないかもしれない。いまや、すでに天地動き出し、日本人が自ら便利で豊かな暮らしをするために造った原子炉をかかえ、放射能を怖れて暮らす日々に突入してしまっています。子どもたちの為に、何とかしてゆかねばならない日本及び日本人であります。

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2011年4月25日 (月曜日)

私のクラウド活用法

TadaTuka Tabaoloshi @ http://blog.tajimiyori.com/ でご覧下さい。

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2011年4月18日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

3月11日を境に、何も手につかずいます。テレビに釘付けが長いこと続き、大震災の被災された方々を間近に見ているそのままの状態で固定されたように、心が固まった感じというのでしょうか。残雪がなかなかとけぬなかで、やっと地面が見えてきて、桜がほころびてきたというのに、春の喜び、高揚感がまるでありません。
海岸に並ぶ福島の原発は冷える気配もいまだなく、毎日数時間ごとに起こる地震の警報に緊張をつのらせています。
幸いに釜石の親類はかろうじて無事でしたが、津波で暮らしは奪われました。今日もあたりまえに起きて、暮らせる無事平安は、感謝してもしきれないたくさんの恵みに取り巻かれてのこと。贅はもちろん、今の暮らしのみそぎ身削ぎが迫られることを喜んでのぞむところですが、今日も悲しみにしずむ方々を思えば、固まった心はほぐれそうもありません。樹木や草花は春の日を讃えていますが、無常にとりつかれたような自分のまま眺めるばかりです。

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2011年3月14日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

東北の大震災!テレビを見ていると胸つまり、悲しみに何も手につかない。大自然には従うしかない、地球上の生物としての人間だ。
命、家族、財産、不動産が波に呑み込まれるのを何度も見ていると、自分の生き方を見直さざるを得ない。
断、捨、離をすすめて荷物減らし、ものを買わない。日々、後悔ないようベストを尽くして生きよう。幸せは、自分の満足度で決まる。今日も、悔いのない言葉、時間、仕事をしたい。
いつ命果ててもいいように。

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2011年3月 8日 (火曜日)

iPad2(⌒-⌒; )

さてiPad2が発表されたが、どのタイミングで購入するか迷っている。
仕事を中心に考えるとiPad2よりはMacBOOKAIRの方が使い勝手が良さそうだ:
iOSが4.3になってもパーソナルホットスポットが使えそうもないから余計に迷ってしまうわけだ。
まだデータプランの発表も無いうちから考えるのもあまり意味がないかもしれないナ~

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2011年3月 3日 (木曜日)

ついにiPad2が発表された

いろいろ噂と期待のあったiPadの第二世代が発表された。
iOSも4.3に…

でもこのiPadはパスしてライオン載っけたMacBOOK AIRを狙ってる…秋には新機種出るのかな?

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2011年2月22日 (火曜日)

おばけつぶやき帳

北海道の寒さに比べたら、まだましと言うべきなれど、頭の芯まで凍える零下の寒さは続いている。ところが日差しは、いつもより早く次の季節に進んでいる。太陽に変化が起きたのか、地球の地軸の傾きが微小ながら変化したのではないかと思ったりする。海流温度や温暖化によるものと説明されてはいるが、冬の厳寒は緩和されるどころか、厳しさを増していることを体感している身には、容認しがたい気候変化の実感。太陽黒点が相当増えているようだし、新燃岳は今日も煙と灰を吐き続けている。
1.5メートルまで減った氷雪の中に暮らすと、春を待ちわびる心境は切実だ。こんな気持ち、中近東に生まれ暮らす人々には、語っても理解してもらえないだろう。彼らは家族の、飢えや希望のない過酷な労働や暮らしから抜け出させねば、と政府や支配者に向かって抵抗の声をあげるのに精一杯だ。かたや我が国では、子供や老人を飢えさせた、虐待したということが小さな国中の家々の部屋のテレビ画面に告示され、なんとかせねばと国会で議論され、巷には伊達直人が増殖している。
少なくとも、受験シーズンに一喜一憂できることは、実は大変な幸せなのではないか、と思ったりする。

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2011年1月19日 (水曜日)

おばけつぶやき帳

ボンベイサファイア…何やら美しい宝石を想わせる名詞。やっとボンベイサファイアを手に入れたので、今日手作りの化粧水を作った。
実は昨年夏、母が種まきしたヘチマが大きな実をつけた後、ヘチマ水が大量にとれたので、ヘチマ化粧水を作ってみたところから、化粧水や乳液、クリームや石けんの手作りに目覚めてしまった。すべて口に入れて食べても安全な、植物性オイルやバターに精製水、はちみつやグリセリンでできてしまう。ファンデーションもルースパウダーからプレストパウダーまで色味自在に酸化鉄の粉とコーンスターチで作れてしまう。
これまで店で何千円も出して化粧品を買ってきたのが、つまらなく思えるほど、手製の化粧品を愛用している。
そこでボンベイサファイアのご登場!都会のデパートの酒類売り場で水色の小瓶を発見、即ゲット。ドライジンなれど飲んだことはない。
化粧品作りはお菓子作りと同じ感覚。
グリセリン小匙1に、年齢肌に効くビタミンEオイルを3滴、よく混ぜ、そこに精製水50cc、愛しのボンベイサファイアを小匙1。防腐剤の働きをするグレープフルーツの種オイル、グレープフルーツシードエキストラクトをほんの少し加えてシェイクすれば出来上がり。
手作りボンベイサファイア化粧水は、ヘチマ化粧水より効きそう!
よく化粧品売り場で、さっぱりタイプ、しっとりタイプなど並んでいるけれど、要はグリセリンの量でしっとりタイプになるだけだ。美肌水は、尿酸とグリセリンを水に混ぜたもの。防腐剤としてアルコールが入るし、様々な添加物が成分表示に書き込まれているけれど、字が小さくて読むのは難儀。その点、手作りは肌にあうものを自分で試し、納得する調合ができてなおかつ安価。
手作り石けんは、ニキビやアトピー肌にもよいものを、市販の半分以下で作ることができる。
ネットで材料が手に入るのが、辺境冬ごもり暮らしを、贅沢なエステより豊かな心持ちにしてくれる。
去年の暮れに作った、肌にはりを与える手作りクリームは、母にも好評。自分でも満足。はちみつグリセリン石けんを、また作らねばと思っている、おばけである。

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2011年1月16日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

あまりにも寒いと、脳まで凍りついてしまう。
今年の冬のマイナス八度の朝に、それを体験した。思考停止の寒さ。北海道ならば、もっと低温でしばれるのだろうけれど、本州にいながら、おばけはこのザマである。
思考停止のまま、除雪に疲れてしまうと、心もいじけてしまう。わけもないのに腹が立つ。
そんな時には、ストーブの前で、わかしたてのお湯で入れた美味しい珈琲を飲み、スウィーツなどをいただいて、ファンタジーやのだめの漫画を読み、異世界に跳んでみるのが一番だ。いじけた心がほぐれて、元気が蘇ってくる。
降り続く雪は、毎日労働を与えてくれる。毎日50センチ、積もっていく雪の中でもがきつつ居るおばけは、今日もなんとか生きている。

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2010年12月20日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

言葉の壁を愛は越えられるか?というテーマは、常に興味あるところなのですが、小泉せつさんの書かれたものを読んで、言葉は巧みであることより、男女双方の気持ちの寄り添い方だなあという思いをあらたにしました。夫婦の愛情がどれだけ継続するかは、いくつかの要素があって、尊敬、感謝、相手をどれくらい許せるか、という点が重要な鍵となると考えています。
特に許せるという要素は大切で、笑って許せてむしろそれを楽しみ慈しめるならば、夫婦は永続的ななかむつまじさを保って生涯を終えるにちがいないと思えます。
小泉せつさんの夫小泉八雲は、日本人への理解度と感度卓越した方でしたが、日本語は巧みではなかったのではないかと、せつさんの文章に見える夫婦の会話から推測されます。例えば八雲晩年、体の不調を訴える時に「病来ました!」おそらく痛みに襲われたのだと思います。「病行きました」という言葉でほっとする妻。明治の日本女性は、平成の女性に比べ、結婚や夫婦の道ゆきに、深い覚悟で臨んだから素直で寛容で辛抱強かったのではないでしょうか。それを抑圧と隷属を強いられた末の姿ととらえるには、無理があり、むしろ穏やかな幸福を小泉せつさんの文章に感じたオバケでありました。

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2010年12月12日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

電器屋さんが電波探査機を持ってうろうろと半日探してくださった成果で、やっと地デジとBSのテレビが見られるようになりにけり。雪がアンテナに積もると見えなくなるかもしれないけれど、BSでは韓流ドラマ、サスペンスの再放送、コマーシャル、にテレビショッピングと毎日繰り返しやっています。どうして口から飲んだグルコサミンがひざに到達し、痛みを軽減するのか、疑問だらけ。CMに出演した人は素人ならばギャラ三万円で、効いた!楽になりました!とセリフを述べているだけです。と想像するとだんだん疑心暗鬼になってまいります。またテレビショッピングで、こんな素敵なお洋服が、この値段!ああ、もう残りわずかになりました!完売ですm(_ _)mなんて煽られると電話してしまう人がいても不思議ではありません。通販は到着してガッカリが常識だというけれど、日本人は豊かだなあとテレビを見ていてつくづく思う。いくつも買って失敗し、到達する悟りは、新聞テレビで宣伝されることは誇大な虚言であると疑うべし。もちろんネットはツー
ルとしては瞬時に人と繋がっていけるものであるけれど、同時に魑魅魍魎世界に呑み込まれる危険もわきまえておかねばならないですね。触らぬ神にたたりなし。機械音痴はまずボタンにも触れぬから安全安心とも言えますね。

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2010年11月21日 (日曜日)

おばけつぶやき帳

今紅葉のたけなわ。ひと口に紅葉と申しても、落葉樹には落葉樹なりの段取りがあります。桜、楓、ケヤキ、銀杏それぞれがそれぞれのばしょの日当たり具合や風、気温に応じて色づいたり、落葉したりを始めるので何千とある樹木の下をホウキとクマデと箕(み)を持って右往左往の毎日。近頃はガソリンを燃料として強風で落ち葉を吹き飛ばす新兵器があるそうで、私めがそれを背負えるならば機械を買ってくれるという話も出ている。10数万するらしい。雪が降れば手押し式の除雪機械が欲しいところだが、長い長い石段では残念ながら使用不能。機械自体が何十万もするらしいから、導入はまず検討外。越冬は忍耐しかないのは当たり前。幸い雪の中でも飢えることもなく電気、ガス、灯油のおかげで凍えることもないのでよしとしましょう。室温はどんなに暖房しても10℃くらいですが、綿入れを着ていれば大丈夫o(^o^)o。大相撲九州場所を見ながら、冬将軍の到来に備え四股を踏むおばけであります。

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2010年10月22日 (金曜日)

おばけつぶやき帳

おばけつぶやき帳
朝の写真。うまく撮れていないけれどいくすじも光がさしこんですばらしかったので…。この景色を眺めながら、夜中には熊や猪やニホンカモシカが徘徊した森の中の参道で、サクラの落ち葉掃除をしています。ひとつ向こうの山すそで熊に遭遇して大怪我をしたという全国ニュースが流れてからは、外出禁止のような日々でしたが、外の掃除も気になり、熊があたりにいないか確かめて外の仕事再開。今年はこのあたり柿がならないので熊はもっぱら栗を食べているご様子。夏があまりに暑かったために、里芋、サツマイモも出来がいまひとつと聞きます。実りの秋は人間界も動植物界も、天候異変でとまどうことばかり。地球という惑星も生命体ですから、成熟、老化、消滅の途上にあるのでしょうから、増えすぎた人類が環境破壊の元凶と断ずることもできません。地球上に生かされている生き物として、欲望に支配されず、つつしみを持ちながら、生きたいものだと落ち葉掃除をしながら思うおばけです。

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2010年9月28日 (火曜日)

おばけつぶやき帳

ぼけた写真で失礼つかまつります。
たった今届いた本。絵に見覚えがある方もおられるかも…。私の作品「竜の谷のひみつ」が韓国で発売されました。韓国発売に際して、タイトルを変え、副題に龍神伝説守護隊と入りました。ハングルでなく漢字で副題が印刷されていますので、嬉しい。ハングルはまったく読めませんもの。おそらく内容も翻訳で相当変わっていると思います。それでも、素直にありがたいことだと思うばかりのおばけです。

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2010年9月20日 (月曜日)

消費者トラブルは、「ひとごと」ではありません![全面広告]

今日の中日新聞の朝刊に全面広告で『消費者トラブルは、「ひとごと」ではありません!』と言うのが載っていた。愛知県が広告主のようだ。
テレビでも同じような広告が放映されていたのをみた。

今日が「敬老の日」と言うことも会ってだろうか、高齢者を狙った悪質な販売業者への警告の意味もあろうのだろう。

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2010年9月13日 (月曜日)

おばけつぶやき帳

灼熱地獄の夏はどこへやら。めっぽう変わった進路をたどった台風九号が、秋雨を連れて来てくれたようです。カラカラに乾いていた大地に雷賑やかに雨が注ぎました。畑のヘチマは根元一本なのに4つも実をつけていて、80センチくらいのたいそうな姿になっています。夏休み遊び呆けていた子どもは、1ヶ月ぶりに机の前に座っております。稲は強い雨に打たれて倒伏していますが、新米も出回り、恵みと実りの秋は着実に訪れつつありますのを実感。
近頃、西郷さんに関する本をいくつか見る機会がありましたが、たぐいまれなる器の偉大な日本人の生き様は、様々なことを教えてくれます。伝記のいいところは、不遇な時節にその人物が如何に過ごし、世に認められ地位と名声を極めた時に如何に振る舞い暮らしたか。自らの生活に照らし、反省し、改めるのは即決。歴史に関する書物を読み、新たな事実を見いだす幸福がここにあります。明治の元勲らが、維新の志を遂げたあと、私腹を肥やし奢侈や野心にふける中、西郷さんは3円の借家住まいを通したことに、感服のオバケでございます。

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2010年9月 9日 (木曜日)

古典の読書

今日はiPadで古典を読んだ。
これが又読み易いのだ、だから読書がどんどん進む.....
今のところ僕のiPadは完全に本と化している。
でもこれはある意味iPadの正しい使い方なのかもしれない。

本が時々メモ帳になり、出来ればメーラーにでもなれば良いなーと思っていた事が現実になったわけだから。

使っていれば適正な新しい使い方が現実的に生まれてくる.....そんな事かな?

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2010年8月27日 (金曜日)

おばけつぶやき帳

久しぶりにカタコト英語を話す機会があって思ったこと…。
言いたいことを英語の語彙不足でうまく表現できないもどかしさと共に、考えぬいたシンプル表現のみの言葉しか口にしないことの心地よさ。
沈黙は金!秘すれば花!年を重ねると、考えることなく壊れた蛇口の水漏れのように、なんと言わなくてもいい無駄な言葉を吐くことか。たびたび自己嫌悪に陥る。
これが国語でなく外国語になると、たちまち寡黙で思慮深い自分に変身できる。これは新鮮な発見。言葉は質疑応答を繰り返し、互いを理解するための道具だけれど、多用して善を生むには知力と想像力が必要。
今日の客人に神道の核心は?と問われて答えた。Thanks and service!
即ち感謝と他者への奉仕と答えたつもりだけれど、客人は理解してくれたかしらん。

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2010年8月14日 (土曜日)

おばけつぶやき帳

カンカン照りのあと台風がお盆前に日本海を過ぎたのは一昨日。お盆に入り、今日はお墓参りをと思っているけれど、午前5時現在豪雨。お供えにこしらえた団子が流されそうな勢いです。柿の葉っぱに白玉団子を2つのせて、ご先祖さまたちのお墓にひとつずつ供えるのがわが家の慣例。夜が明ける頃には、雨が止んで欲しいものです。
お盆なので怪談をひとつ。夏休みに入り遊び呆けていた男子学生が、暑さのせいか夜寝られないでいると、金縛りにあいました。そんな夜が二晩続いて、なんだか下宿で寝るのが怖くなり、友人の下宿にころがりこみました。そこで伊藤みみかという漫画家の「幽霊が見えるんです」というコミックを読んだ学生は、自分の下宿に悪しき霊が取り憑いたと確信し、知り合いの陰陽師に助けてくれと電話をかけました。陰陽師は水まわりの各所に盛り塩を指示し、翌日、サニワの助っ人を連れて、学生の下宿にお祓いに乗り込みます。「きれいですね。実に清い空気だ。悪しきものなどおりませんな」サニワさんが言います。陰陽師は学生の机の前の椅子を指差し「その椅子に白い袴をつけたおじいさんがおられる。そなた、このところ椅子に座って勉強しておらぬのではないか」陰陽師とサニワの出した結論は、夜毎眠れず金縛りになったのは、勉強をしない学生に、勉強せよとうながすご先祖の心配が働いた事象である!学生は学んでこそ学生。心配して下さるご先祖さまの有り難さをしみじ
み思い知り、心を入れ替え感謝をささげるお盆であります。

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2010年8月 5日 (木曜日)

居心地のよい処@躑躅庵

日本庭園とそこからの眺め@恵那市にある躑躅庵

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花を狙うチョウ@躑躅庵

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